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【北の暮らし その8】昼間の星を見上げて――25光年の光と、心の世界
2026/10/28
昼間の明るさに隠された星の輝き
こんにちは、札幌カウンセリングオフィス雪花(札幌市)の菅原奈緒(臨床心理士・公認心理師)です。
シリーズ「北の暮らし」では、北海道での暮らしの、この土地の自然、季節の出来事などを取り上げながら、私たちの生活について考えてきました。
今回は、旭川市の科学館にある天文台を訪れたときの体験についてお話ししたいと思います。
みなさんは、昼間でも星を見ることができるとご存じでしょうか?
実は、私は先日、そのことを初めて知りました。そして、実際に昼間の星を見たことで、子どもの頃から知識として知っていたことが、大きな衝撃とともに、まったく新しい意味を持って感じられる体験をしました。
旭川市科学館「サイパル」の天文台
旭川市には、旭川市科学館「サイパル」という施設があります。
科学や自然について、さまざまな展示や体験を通して学ぶことのできる科学館です。プラネタリウムや天文台も備えられており、天体観測を楽しむこともできます。
今回、私はこのサイパルの天文台を訪れる機会に恵まれました。
それまで私は、天体観測というと、暗い夜空を見上げるものだと思っていました。ところが、天文台では、大型の天体望遠鏡を使うことで、昼間でも星を見ることができるのだと教えていただきました。
そもそも、昼間の空にも、夜と同じように星はあります。普段それらを見ることができないのは、星の光よりも空の明るさの方が強いためです。これは私も理解していました。しかし、よく晴れて空が澄んでいる日には、ベガのような明るい星(1等星)を天体望遠鏡で観察することができるのだそうです。
また、昼間に見える天体としては、月が身近な例でしょう。金星も、条件がよければ肉眼で見えることがあります。ただし、青空の中から目印なしに探し出すことは容易ではありません。その意味において、天文台の職員さんたちの案内はたいへんスムーズで、やはり専門家はすごいと思いました。
昼間の星の観察には、天候も大きく関わります。一見晴れていても、空が白っぽかったり、遠い山が霞んでいるような日には、天体望遠鏡を使っても星を見ることが難しくなるのだそうです。この日は、幸いにも昼間の星を観察するのに適した天候に恵まれたのでした。
その日、職員さんの案内で私が見ることのできたのは、こと座のベガと金星でした。
ベガは、自ら光を放つ「恒星」で、私たちの生きる太陽系の太陽と同じ種類の天体です。一方、金星は、地球と同じく太陽の周りを回る「惑星」で、太陽の光を反射して輝いています。
普段は夜空に輝く姿を思い浮かべる二つの天体を、この日、昼間の明るい空の中で見ることができたのです。
25年前に発された光
大きな天体望遠鏡をおそるおそるのぞくと、明るい空色の中に、白く輝く星が見えました。
昼間の空は明るく、そこに星があるとは思えません。それなのに、望遠鏡の向こうには、力強く、はっきりと輝く星が、確かにありました。
天文台の職員さんは、こと座のベガについて、地球からおよそ25光年の距離にある星だと説明してくださいました。光年とは、光が1年間に進む距離のことです。つまり、その時、私の目に届いていたベガの光は、およそ25年前にその星を出発したものなのです。
「光年」という言葉は、子どもの頃に本で読んで知っていました。その意味も、頭では理解しているつもりでした。けれども、今、目の前で輝いている星の光が、25年もの時間をかけてここまで届いたのだと知ったとき、瞬時に私の目には涙がにじみ、あふれそうになりました。
自分の目では決して見ることのできないはずの、昼間の空にある星。その光を、科学の力によって、こうして見ることができている。
人間の好奇心と、長い年月をかけて積み重ねられてきた知識や技術が、それを可能にしたのです。
科学技術については、ときにその否定的な側面が語られます。けれども、このとき私は、知りたい、見てみたい、確かめたいという、人間の好奇心が持つよいところを、改めて信じられるような気持ちになりました。
そして、もう一つ、心を動かされたことがありました。
私たちが普段、自分の目で見ることのできる世界は、世界のすべてではないということです。
自分の力では見ることができないところに、それでも確かに存在しているものがある。そのことを、理屈ではなく、目の前の星の光によって体感したのです。それは、一瞬頭がうまくはたらかなくなるような、すぐには言葉にしきれないような衝撃でした。
1400光年の、その先に
私は、興奮のままに、その感動を天文台の職員さんにお伝えしました。
子どもの頃から知っていた「光年」という言葉を、初めて実感できたこと。昼間でも星を見ることができると知り、それまでの思い込みが覆されたこと。そして、そのことに深く感動したこと。
すると、職員さんは破顔一笑。
「いやいや、まだまだこんなもんじゃないですよ」というご様子で、条件がそろえば、1400光年先の星も見ることができるのだと、教えて下さいました。
私は、また驚きました。そこから目がさらに開かれるような思いでした。
25光年という距離、青い空の星の輝きに、これほど心を動かされたばかりだったのに、そのはるか先にある天体の光まで見ることができるというのです。
自分が知っていると思っていたことの先に、まだ知らない世界がある。
そして、何かを新しく知ったと思った瞬間の、そのまた先にも、さらに広大な世界が広がっている。
それを、職員さんは実に明るく、楽しそうに語ってくださいました。私は、そのことも素晴らしいと思いました。
未知。
知らないことがあるというのは、必ずしも、不安なことばかりでも、おそろしいことばかりでも、残念なことばかりでもない。
まだ知らないことがあるということは、私たちが思いもよらなかった世界や、新たな可能性が、その先に広がっているということでもあるのでしょう。
そんな、人間の好奇心の豊かさと、未知の世界が持つ可能性を感じたひとときでした。
観測と探究の積み重ね
天文台での体験を振り返りながら、私は、昼間の星を見ることができるようになるまでの、人類の長い歩みにも思いを巡らせました。
星は、人類が誕生するよりはるか昔から、そこにありました。
人類は古来より夜空を見上げ、星の位置や動きを観察し、記録してきました。そして、長い年月をかけて蓄積された観測結果をもとに、天体の動きについて考え、仮説を立て、確かめ、時にはそれまでの考え方を改めてきました。
天体望遠鏡をはじめとする観測機器も、そうした探究の中で発展してきたもののはずです。
どのようなことでも、一度の観測で分かることには限りがあります。しかし、観測を積み重ね、異なる時期や条件で得られた結果を比較することで、それまで分からなかったことが少しずつ明らかになっていきます。
私が昼間の空に見た星の光も、そうした長い歴史の積み重ねによって、見ることができたものなのでしょう。
そして、1400光年先の天体について楽しそうに話してくださった職員さんの姿は、その探究がこれからも続くことを感じさせてくれました。
心の世界にも、まだ見えていないものがある
旭川を後にした私は、この体験を通して、人の心についても、似たようなことがいえるのではないかと、あるときふと思いました。
人の心を理解しようとする試みもまた、長い歴史を持っています。多くの人々が、人の心について知ろうと考え、観察し、試行錯誤を重ねてきました。私たち心理職は、そうして積み重ねられてきた知識や経験を手がかりに、目の前の人の心のありようを、少しでも理解しよう、知ろうとしています。
また、カウンセリングの中でも、一度の面接で分かることには限りがあります。時間をかけてを面接重ね、それまでの理解を振り返り、ときには考え直すことを通して、少しずつ見えてくるものがあります。
けれども、何かが分かったと思ったときにも、その先には、まだ分かっていないことがあるのでしょう。
天文台で見た星の光は、自分の目には見えていなくても、そこに存在しているものがあること、そして、それを知ろうとする人間の営みが、少しずつ世界を広げてきたことを実感させてくれました。
カウンセリングの中で私がお手伝いできることは、1光年にも届かないかもしれません。
そして、その人の心には、今はまだ見いだされていないものがある。自分が理解できていると思うことの、その先には、まだ知らない世界が、きっと広がっているのです。
25光年の彼方から届いた星の光と、1400光年先の天体について楽しそうに話してくださった職員さんの姿。
そのときに感じた、人間の好奇心への信頼と、まだ知らないものへの敬意と畏怖を心の片隅に置いて、これからも自分の仕事に向き合っていきたいと思いました。
旭川市科学館「サイパル」の皆さまへ
この記事の公開にあたり、旭川市科学館「サイパル」にお問い合わせしたところ、文章の公開と写真の掲載について、快くご許可をいただきました。
その際、本文に登場する約1400光年先の星は、はくちょう座のデネブであること、また、昼間に観測できる星は1等星に限らず、1等星前後の明るさの星も、観測できることを、新たに教えていただきました。
天文台を訪れたときだけでなく、今回のやり取りにおいても、科学的な正確さを大切にし、丁寧に知識を伝えてくださるその姿勢に、深く感銘を受けました。
知らなかった世界を知る喜びを教えていただいたうえに、正確に知ることの大切さにも、改めて触れる機会となりました。
サイパルの皆さまに、心より感謝申し上げます。
冬の訪れを前に
札幌では雪虫が飛び始め、地上にも初雪が訪れる季節となりました。これから日ごとに寒さが増し、冬へと向かっていきます。
季節の変わり目、どうぞ皆さまも心身を大切にお過ごしください。
なお、雪花の開所日やご予約可能な日時につきましては、ホームページの【カレンダー】からご覧いただけます。
皆さまが健やかに冬を迎えられますよう、お祈り申し上げます。
