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本の紹介‐中野光子著『公認心理師・臨床心理士のための 高次脳機能障害の診かた・考え方』その3

2023/04/24

公認心理師・臨床心理士のための 高次脳機能障害の診かた・考え方

この本は高次脳機能障害のアセスメントをする上での優れた手引書となります。

本邦における高次脳機能障害の定義について

こんにちは、札幌カウンセリングオフィス雪花(札幌市琴似、北区、東区、西区、白石区と、その他の区)の菅原奈緒(臨床心理士・公認心理師)です。

本の紹介‐中野光子著『公認心理師・臨床心理士のための 高次脳機能障害の診かた・考え方』その3は「そもそも高次脳機能障害とは?」からはじめたいと思います。

高次脳機能障害の定義は、学術用語と行政用語が混在しています。筆者である中野光子先生は『高次脳機能診断法』の改訂版(2002)の序で次のように書かれています。

ここ2・3年の間に世の中が大きく変わり、高次脳機能障害が脚光を浴びるようになった。この用語がメディアにもたびたび登場し、専門用語ではなく一般用語になりつつあるのは、平成13年度から厚生労働省が高次脳機能障害支援モデル事業を3年間の予定で開始し、全国的な取り組みが始まったところによるところが大きい。
高次脳機能障害の定義はまだ確立してはいないが、一般に大脳の器質的な病変により生じる知的ならびに精神的障害を言う。かつては失語、失認、記憶障害がその代表とされ、主に脳血管障害による後遺症が問題であった。しかし、昨今問題とされる高次脳機能障害は、専門家が診断してもどこに障害があるかわからないような、一見正常にみえるが、しかし仕事に復帰することができない。あるいは家族が介護に困難を感じるような注意の障害や記憶障害、人格変化、意欲の低下、あるいは対人関係の維持の困難など、瀰漫性の損傷や前頭葉障害などに重点が置かれているようである。

公認心理師・臨床心理士のための 高次脳機能障害の診かた・考え方

平成13年(2001年)に高次脳機能障害支援モデル事業が開始される前に、高次脳機能障害が存在しなかったわけではありません。引用した文章にもあるように、失語、失認、記憶障害を代表とされ、脳血管障害による後遺症は問題とされていました。

1970年代に【第一次交通戦争】がありました。自動車交通が急成長したことに伴い交通事故発生数と死者数が爆発的に増加したのです。それ以降ともに減少しましたが、1980年代から再び増加、1990年代には【第二次交通戦争】に突入します。第二次交通戦争では若者事故を重点として交通事故対策を進めていくことが、交通事故発生数と死者数の減少のために必要とされていました。

一方で、医療の進歩により助かる命がそれ以前の時代より増えてもいました。しかし、それにともない増えていった事故による脳損傷の後遺症には理解が得られず、後遺症がありながらの生活を支える制度も存在しませんでした。【谷間の障害】と呼ばれ、後遺症を抱える当事者もその家族も、適切な支援を受けることができなかったのです。

1997年、神奈川県総合リハビリテーションセンターと拠点とし患者と家族の会が発足しました。【脳外傷友の会・ナナ】です。他の地域の当事者と家族の会と連帯し、全国的な組織【日本脳外傷友の会】が結成、厚生労働省への働きかけが始まります。

そして平成13年(2001年)に高次脳機能障害支援モデル事業が開始されました。これは、高次脳機能障害の当事者が、適切な医療と福祉のサービスが提供され、社会的に自立した生活を送ることができるようにするための支援体系を整備する試行事業でした。ここで、行政用語が必要とされるようになったわけです。

そこから20年がたち『公認心理師・臨床心理士のための 高次脳機能障害の診かた・考え方』の中で、筆者は行政用語として、学術用語としての高次脳機能障害について次のように述べています。

医療現場で診断の対象となるのはこの元来の意義に基づく広義の高次脳機能障害患者である。具体的には知的障害、記憶障害、各種の失語、失行、失認、半側空間無視、遂行機能障害、意欲、人格変化などであり、当然ながら認知症や発達障害も含まれる。
しかし、現在国内で一般用語として使用されている「高次脳機能障害」は2001年に厚生労働省により創設された行政用語であり、行政が認めた障害である。したがって本来の広義の定義とは異なる。行政用語としての高次脳機能障害は上記の学術的定義よりやや狭く、認知症や発達障害は除かれる。交通事故、労災などによる高次脳機能障害患者を救済すべく定義された用語であり、認知症や発達障害者が除外されている理由は彼らはすでに行政による支援を受けているからであろう。

公認心理師・臨床心理士のための 高次脳機能障害の診かた・考え方

『公認心理師・臨床心理士のための 高次脳機能障害の診かた・考え方』における高次脳機能障害は前者をさします。臨床の現場で実際の支援をするには、そもそも自分はそこでどのような役割を担うことが求めているのかを理解することが欠かせないと私は考えています。そしてそのためには、現場で扱うことの定義や歴史や社会的な背景について学ぶことも必要です。序章において筆者は、そもそも高次脳機能障害とはということと、そのアセスメントにおける心理師(士)の役割についてコンパクトに明快に述べていると思います。

高次脳機能障害の種類とそれぞれの詳細は第三章で自験例とともにまとめてられています(個人的には、この章の3‐1記憶は前職でよく使用したWechsler知能検査で測っている記憶とは?ということについて考える機会となりました)。

何のためにどのように診断をするか

第1章高次脳機能障害の診断の目的では、多岐にわたる高次脳機能障害の診断の目的とその対応が記されています。高次脳機能障害のアセスメントに限らず、心理検査を用いてのアセスメントは、目的が明確でなく検査をすることがはっきりと利益となるといえない場合は、行わないほうがよいものです。

わたしの前職である精神科病院では、医師が患者さんの治療や支援のために必要として(つまり目的は医師が設定している)心理検査の指示を出されることが大半でしたが、患者さん本人がご希望されて心理検査を行う場合もありました。そのようなときは、まずご希望された事情を詳しくお伺いするところから始めました。

心理検査の中には、繰り返し行うことで学習効果が出てしまい、正確な結果が得られなくなってしまうものもあります。また、様々な作業に長時間取り組まなければいけなかったり、刺激が強いことで被検者にとって大きな負担が生じることもあります。目的なあいまいな状態でむやみに検査を行うことが「労多くして益少なし」となりかねないのです。

しかし、この章に書かれている目的は非常に明確で、それらについてのアセスメントが行われなければ、当事者と関係者にとって不利益が生じることが容易に想像できます。

そして、検査を行うことで得られる利益が明確であったとしても、やはり検査そのものは負担ですし、結果がどういったものになるか、それによってその後の治療や生活がどうなるのかという不安は大きいものです。第2章アセスメントの実際では、アセスメントの流れの説明とともに、被検者にとって負担で不安である心理・神経心理学的検査を行う際に配慮されるべきことも記されています。

このあたりも、私が心理検査を業務する方に本書をおすすめしたい所以です。アセスメントの過程において相互作用が起き、こちらの振る舞いや言動が被検者の反応に影響することが読み取れるからです。

心理検査と神経心理学的検査

第4章心理・神経心理学的検査では、両者の違いについてこう書かれています。

心理検査と神経心理学的検査は元来別物であるが、医療領域ではあまり明確に区別されていない。神経心理学会や高次脳機能障害学会の発表や医学系の論文では神経心理学的検査の中に知能検査が含まれていることが多いが、知能検査は神経心理学的検査でなく心理検査である。

知能検査のように健常者を母集団として抽出した被検者のデータを基に標準化した検査は心理検査である。これに対し、神経心理学的検査は脳損傷により生じた高次脳機能障害を客観的に表すために作成された検査である。しかし、本来心理検査として作成された検査も神経心理学的検査として使用されているものもあり、筆者でもどちらに属するか判然としない検査もある。

公認心理師・臨床心理士のための 高次脳機能障害の診かた・考え方

(話が本筋からずれてしまいますが、私はここを読んでいて、知能検査が発達障害の検査と誤解されることが多いことを思い出しました。知能検査はそもそもの目的が誤解されることが多いだけでなく、差別と選別のために使用されるものだとして廃棄された時期があったりもしました。)

筆者はこの章で、検査内容や施行法に習熟するだけでなく、検査を選ぶ目を養うことの重要性を強調しています。客観テストはそれだけで信頼性が高い印象を与えるという落とし穴があるからです。

ではどのようにして検査を選ぶ目を養うか?本文にも書かれていますが、筆者の主催する研修会にその手掛かりがあると思います。【横浜高次脳障害診断法研修会】では、実際の検査に触れ、体験しながら学ぶことができます。

これは、マニュアルをよくよみ実施するこことで検査法について習熟するだけではなく、実施してみることでわかる検査の特性や欠点を知ることにもつながります。また、筆者は新しい検査を勉強する際、実施する側になるだけでなく、自身が被検者となることをすすめています。自身の検査の成績を知ることが、検査を施行し評価する際の基準となりえるからです。

私は、筆者のこのような姿勢は、臨床の場で行う判断の根拠となるデータを自身の中に積み上げていくことの大切さを伝えていると思います。

『高次脳機能診断法』との違い2

最後に巻末の参考資料にふれておきます。コラムその2で前著の『高次脳機能診断法』との違いについて「第5章所見の書き方があることです」と述べましたが、『参考資料 脳』も前著にはなかったものです。

公認心理師の必須カリキュラムには『神経・生理心理学』がありますが、筆者も指摘するように、(公認心理師の必須カリキュラムができる以前に)心理学を学んだ心理師(士)の多くは脳について在学中に学ぶ機会がなかったでしょう。

ですが、高次脳機能障害はまさに脳の損傷から生じているわけですから、そのアセスメントを担当する人には、脳についての基礎的な知識が必要です。この資料にはコンパクトにその基礎的な知識がまとめられています。一読するのに30分もかからないでしょう。生物の発生についてから書かれており、私は読み物としても興味深い内容だと思いました。この分野に苦手意識を持つ方にも、読みやすいのではないでしょうか。

 このコラムもその3まで書いて、ようやくすべての章と資料に触れることができました。

 序章 高次脳機能障害の定義とは?

 第1章 高次脳機能障害の診断の目的

 第2章 アセスメントの実際

 第3章 高次脳機能障害の種類

 第4章 心理・神経心理学的検査

 第5章 所見の書き方                                                 

 参考資料 脳

あらためて目次をごらんください。コラム1と2でも書いたように、この本は高次脳機能障害のアセスメントをする上での優れた手引書となります。

ですが、ひとつだけ私は残念なことがありました。前著『高次脳機能診断法』と違い、この本には人名・事項索引がありません。些細な違いかもしれませんが、現場でアセスメントの手引書として使うとき、索引があるかないかで使いやすいさがかわってくると私は思います。

改訂版が出ることを期待しておりますが、どうかその時にはぜひとも索引をつけていただけますようお願いいたします。


参考文献・引用文献 参考にしたホームページおよび資料

 

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